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複数枚折りの時代(1)~不切一枚折り神話の終焉~ [折り紙]

こことかこことか見てると、そろそろ複数枚折りが
ブームになるんじゃないだろうか、という密かな期待があるんで、
複数枚折りについて考えていたことを少し放出してみることに
しました(折りは無いよ!)。

まずは、タイトルのとおり「不切一枚折り」という価値観は
終わりを迎えつつあるのではないか、ということを主張して
みよう(敵が多そうだなー)。

「不切」「一枚」「正方形」という純化は、折り紙の技術
(特に設計技術)の進歩に大きく寄与していることに
異論を唱えるつもりはない。
しかし、ある時期に提示された
「理論(数学)的には任意の物体を不切正方形一枚折りで
表現可能である」
という事実が、いつの間にか
「不切正方形一枚折りでないとかっこわるい」
というなにやらドグマくさい状態にすり替わってしまっている
ことは否めない。
そして私たちは、いまのところその縛りから自由になっていない。

もちろん、「不切正方形一枚」という条件が折り紙造形を
縛っていないのならば、わざわざ省みる必要はない。
しかし、今の「不切正方形一枚折り」はずいぶんと袋小路
はまっているような気がする。
今の折り紙は「工学的な限界」に近づいているのでは
ないだろうか。
一値分子による設計の時代から、不要なカドの厚みは
現実的な問題になっていたように、「数学的になんでも折れる」
と「工学的に何でも折れる」は全然違うレベルの問題だ。
実際、不切正方形一枚折りを極めていく段階で、次のような
多くの工学的な技術が開発されてきた。

・紙の重なりを分散(設計技術)
・用紙に関する知識の蓄積(素材利用)
・ホイル紙の作成(素材開発)
・展開図折りの普及(素材の負荷を最小化する工法)
・折り工程の最適化(同上)

しかし、それでも用紙の大型化、折り工程の煩雑化
は避けられない。
スーパーコンプレックス折り紙の敷居は上がるばかりだ。
そしてなによりも、作家が作りたいと思い、作ろうとしている
造形に対し、上記の技術が追いついていないように感じる。
「とりあえず折れている」かもしれないが、「美しくない」のだ
(もちろん私の主観で)。
折り上がった作品を見る限りでは、紙はヨレヨレ、造形は
不十分。
紙の素材も生かせず、
アルミホイルを丸めたのとどこが違うの?」
という批判もまるっきり見当違いというわけではないだろう。

もちろん、パズルとして折り紙を楽しみたいだけなら、
これでも良いだろう。
でも、
「心が浮き立つような複雑さと表現力を持つ魅力的な造形」
を目指すならば。
「不切正方形一枚折り」というドグマを捨てて、もう少し
技術的にリラックスできるところまで下りてみて、そこから
改めて上を目指してみても良いのではないかと思うのだ。

さて、ここまでの話ならば、「不切、正方形、一枚」の中から
どの条件を緩めるのも変わりはない。
どうして「複数枚」なのか。
その話は次回に。


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